菊美人酒造の歴史

菊美人酒造は1735年、江戸期創業。現在は八代目、屋号は薩摩屋。

先々代社長、江崎喜三郎の妻、加代は柳川の詩人「北原白秋」の実姉にあたる。(北原酒造場北原長太郎の長女) 昭和16年、白秋は妻子、門下の歌人等とともに西下、故郷の柳川及び瀬高町の清水山頂にて盛大な歌会を催し、「菊美人」の菰かぶりを飲み干した。

なお、白秋は「菊美人」を墨書し、三幅の扁額を遺した。爾来「菊美人」は白秋の命名と世人は伝える。菊美人酒造は別に「九州男児」銘柄で辛口の酒を出荷しています。

仕込み水は、酒蔵の傍らを流れる矢部川の伏流水を使用。原料米は、酒造好適米の山田錦、筑後地方の夢一献を厳選し、柳川杜氏の入魂の技術で醸造。

平成20年は、全国鑑評会金賞受賞、福岡国税局純米酒の部4年連続優等賞受賞。吟醸、純米、本醸造など江湖の日本酒等に愛されている。

菊美人酒造と北原白秋

「私が十六の時柳河沖ノ端に大火があった。さうしてなつかしい多くの酒蔵も、あらゆる桶に新しい黄金の日本酒を満たしたまま真蒼に炎上した」 (北原白秋・思ひ出より)

昭和三年夏、白秋は、二十年ぶりの郷土訪問飛行の折り、菊美人酒造に嫁いだ姉、加代との再会を慶び「姉上」の長詩を詠んでいます。

「菊美人」を飲みながら詠んだ白秋の詩歌が、菊美人酒造に数多く残されています。ラベルの菊美人の題字も白秋直筆のものです。

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